夜のゆめこそまこと駆動マシン(1) – ぼくらは都市を愛していた

久しぶりの神林長平を読んだ。「アンブロークンアロー 戦闘妖精・雪風」以来になる。自分の神林長平歴は、初めて小説を読むようになって発見した「敵は海賊・海賊版」にさかのぼるが、読んだ本はそれほど多くはない。でも、自分にとっては精神的な一つの独標のような存在で、何か思うところがあるたびに、無性にそこからの眺めを見たくなる時がある。

初めて読んだ頃から、神林長平の作品の中に出てくるコンピューターネットワーク社会を遠い空想の世界のように思って眺めていたのだが、かなり社会が追いついて来たように思う。例えば、最近Kindle Paperwhiteを買ったのだが、あの小さな読書端末から直接本を購入し、クラウド経由で書籍がダウンロードされる様なんかはまさに「言壷」を彷彿とさせる世界であろう。現在は本からのスキャンデータで電子書籍化を行うことがほとんどであると思うが、今後は、「言壷」に出てくる万能著述支援用マシン“ワーカム”のような、出版クラウドネットワークに直結した電子書籍エディタが登場する事は明らかであろう。そして、そのことは、当の作者である神林長平自身も実感しているのではなかろうか。本作「ぼくらは都市を愛していた」は、さらにその先を見渡す新たな独標のような存在である。

話の下りを書くには、この作品の世界に登場する「情報震」について語らねばならない。「情報震」とは、デジタルデータのみが破壊される現象のことで、原因不明の自然現象であると考えられている。発生原因やそのメカニズムなどはいっさい不明。とにかくただ発生すると一切のデジタルデータが破壊され、全ての電子機器が停止するという代物である。「敵は海賊」シリーズを読んでいる方なら、これが「対コンピューター・フリゲート艦 ラジェンドラ」の電子機器のみに作用する破壊兵器「CDSビーム」を彷彿とさせることに気づくだろう。舞台は、このような情報震に襲われて大半のデジタル機器が機能しなくなってしまった後の世界。当初は何らかのテロと考えられてた「情報震」によって大規模な戦争が起こったのち、情報震対策のため無人となった東京が中心に描かれる。ストーリーは、その東京で「情報震」の観測を行う日本情報軍・第七先進観測軍団・第三◯三機動観測隊・第三小隊隊長・綾田ミウ中尉の日誌と、おそらくまだ無事だったであろう頃の東京で生活する弟・カイムの時間軸が交互に進んで行く。

二つの時間軸は、ズレているにしてもやや不自然な重なり合い方でストーリーとともに進んで行く。情報震対策が施された「情報戦車」なるハッキング技術の塊のような兵器に搭乗する綾田ミウ中尉は、電子機器のシェルターとされ、無人とされた「トウキョウシェルター」で情報震の調査を必死に行うが、状況はどんどん追いつめられ、小隊は孤立していく。せいぜい「何が何でも生き残れ」という、部隊に科せられた最後の命令を守るので精一杯となる。

かたや、まだ情報震に襲われる前の「東京」で生きる弟・カイムは、勤務する公安警察の仕事で試験的に身につけた「体感通信」という、脳の思考だけで通信が可能になるデバイスを使用し、ある殺人事件を捜査していく。「体感通信」は、全ての思考が同じように体感通信デバイスを身につけた人物に送信されてしまう代物で、デバイスを身につけた人同士はほぼ無言のまま会話が可能となる。そのデバイスを身につけてから、弟カイムは、周囲に振りまかれてしまう事を承知で、昔、援助交際で知り合った女子高生との情事の思い出にふけっていく。

何度となく描かれる綾田カイムの援助交際の思い出は、きわめて生々しい。しかしそれ故に、カイムにとっての心の拠り所である「脳内空間」として、その存在が時間とともに深みを増して行く。女子高生と銀座で待ち合わせ、雑居ピル群の狭間にあるシティホテルで情事を重ねて行く様は、本当に都市で生きる<孤>としての人々そのものが見えるように感じられた。それは、幻想の駆動である。女子高生が抱く幻想と、それを買う男が抱く幻想。それが駆動する事で情事が発生する。それを可能とするのは、通信基盤や交通基盤、そしてホテルのような場の基盤があってこそであり、まぎれもなく都市のみが可能とする時空間である。都市は、その幻想や観念の入出力を受ける駆動装置として機能する。その情事においては当然ながら何も生産される事はないが、結果として、孤の中の精神的なエネルギーのみが育まれることになる。そしてそのエネルギーはさらに人を動かし、幻想を求め、そして都市は駆動されてゆく。
文中にもそれが語られている。

「(引用) 千三百万人の人間を、各各<独り>で生かすことができる能力を持っている、マシン。都市とは、総合的人工環境システムを実現している、巨大機械/メガマシンだ。そのような機械が、動物であるヒトの常識=<独りでは生きられない>に対抗できる力を<個人>に与えたのだ、わたしのような、娘のような、者たちに。」

ここまで考えて行くと、やはり1人の人物とその思想を引き合いに出さなくてはならない。

そう。岸田秀の「唯幻論」だ。

(長いので次のエントリへ続く)

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